投資用不動産と相続税評価の見直しをめぐって

出発点:評価が制度的に“低く出やすい”構造

相続税の基本評価は、公的な基準を用います。

●土地:路線価方式(時価のおおよそ80%前後の水準)*1。

●建物:市町村が定める固定資産税評価額(通常、建築費のおよそ50〜70%程度)。

この「公的評価=保守的」「反映にタイムラグ」という性質により、価格の上昇局面の物件ほど評価<時価(実勢価格)になりやすい下地が生まれます。

福岡都市圏や久留米エリアについては、例えば、高額にもかかわらずマンション等の売れ行きは好調で上記不等式が成立しやすいのに対して、変動幅は緩やかな傾向ながらも、佐賀にも地点や用途によって明確な乖離が生じる局面があります。例として——

●物流・工業系(鳥栖IC周辺/基山~新鳥栖):テナント需要の強さや利回り低下により、時価が上振れしやすい。

●佐賀駅周辺の駅近・大街区:再開発や用途柔軟性に由来する価値の向上が時価に先行反映されやすい。

●築浅の賃貸マンション・アパート:レントロールの堅調さが時価を押し上げ、評価との差を生みやすい。


*1 実際には時価を必ずしも反映しきれていない場合があり、特に価格の上昇期には時価の80%を相当下回ることもある点に注意が必要です。


2. 収益物件に特有の“評価減”がさらに下押しする

このうち賃貸マンション・アパート等の投資用不動産は、相続税評価で原則として評価減の対象になり得る点が重要です。

(1) 建物(貸家)の評価減

●基本式:
建物の相続税評価額 = 固定資産税評価額 ×〔1 − 借家権割合 × 賃貸割合〕

(2) 土地(貸家建付地)の評価減

●基本式:
貸家建付地の相続税評価額 = 自用地としての評価額 ×〔1 − 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合〕

この二段の評価減(建物・土地)が、公的評価そのものの水準の低さに重なり、収益物件の課税価格を制度上さらに小さくする仕組みになっています。


3. “借入控除”との組み合わせで課税価格が大きく削れる

投資用不動産の取得に借入(ローン)を用いると、債務控除により相続財産から負債が差し引かれます。

●一方で、取得資産側(不動産)の評価額は上記のとおり評価減で小さくなりやすい。

●他方、負債は額面(残高)で控除されるのが原則。

結果として、資産評価に対して負債控除が大きくなる局面が生じやすく、純資産(課税価格)が大きく圧縮されることがあります。ここにレバレッジ(借入)を効かせた節税効果が成立する理由があります。


4. タイミングの“裁定”が問題を先鋭化させた

近年問題視されてきたのは、相続直前の短期取得(“駆け込み取得”)です。

市場時価に近い取得価格で投資用不動産を購入。

●直後に相続が発生すると、評価は路線価・固定資産税評価+貸家/貸家建付地の評価減で低く算定される一方、負債は満額控除。

●「評価の低さ × 借入控除」の組み合わせにより、課税の公平を害するほどの圧縮が生じ得る。

この“評価ルールと取得タイミングの組合せ”は、制度の趣旨(担税力に応じた負担)から著しく乖離しうる点が批判の焦点になりました。


5. 与党税制調査会の動向:短期取得は「購入価格ベース」へ寄せる検討

この問題を受け、与党税制調査会では短期取得の投資用不動産について、相続・贈与が購入からおおむね5年以内に発生した場合は、通例の路線価・固定資産税評価ではなく「購入時の価格」またはそれに近い水準で評価する方向が報道されています。目的は、“駆け込み取得”を制度面で抑止し、時価に近づけることです。一部では、地価動向や取得時期を加味して購入価額の一定割合(例:8割程度)を評価額に用いる案にも言及があります。


6. 「購入価格ベース」へ寄せるに当たっての課題

ただし、「購入価格ベース」に寄せるに当たっての課題もあるかと思います。案として出ている「地価動向や取得時期を加味して購入価額の一定割合(例:8割程度)を評価額に用いる」場合には、そもそもそれが相続税法22条の時価と言えるかという点がひとつ(不動産鑑定の原価法の考え方からすると、例えば、経年劣化、陳腐化などに応じた建物の減価修正がきちんと反映されるか等)。

また、他の税制との整合性が保てるかどうかという点も懸念されます。例えば、不動産を譲渡した際に発生する譲渡所得に係る所得税は、売却価格(時価)と取得費(に加え譲渡費用、特別控除額)との差額が課税対象となりますので、相続税において「購入価格ベース」案を採用すると矛盾が生じます。

規制当局には慎重な議論・検討を期待します。